る、まことに心地好し。
榲※[#「※」は「木へん+孛」、読みは「ぼつ」、第3水準1−85−67、134−2]
東京にはまるめろの樹少し、北の方の国々には多きやうなり。我が嘗て住みし谷中の家の庭に一|本《もと》の此樹ありき。初めは名をだに知らざりければ、枝葉のふりも左のみ面白からぬに、幹の瘤多きも見る眼|疚《やま》しく、むづかしげなる人に打対ひ立つ心地して、をかしからずとのみ思ひ居りけるが、或日の雨の晴れたるをり、ゆくりなくも花の二つ三つ咲き出でたるを見て、日頃の我が胸の中のさげすみを花の知らばと、うらはづかしくおぼえき。花は淡紅《うすくれなゐ》の色たぐふべきものも無く気高く美しくて、いやしげ無く伸びやかに、大さは寸あまりもあるべく、単弁《ひとへ》の五|片《ひら》に咲きたる、極めてゆかし。花の白きもありとかや、未だ見ねば知らねど、それも潔かるべし。むかし孔子の弟子に子羽といへる人ありて、其猛きこと子路にも勝れり。璧を齎《も》ちて河を渡りける時、河の神の、璧を得まくおもふより波を起し、蛟《みづち》をして舟を夾《はさ》ましめ其《そ》を脅《おど》し求むるに遇ひしが、吾は義を以
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