も無く、歌をつくるすべも知らぬ田舎の人の、年老いて世の慾も失せたるが、村酒の一碗二碗に酔ひて罪も無く何事をか語り出でつ高笑ひなせるが如し。野気は多けれど塵気は少し。なまじ取り繕ひたるところ無く、よしばみて見えざるところ、却つて嬉し。川を隔てゝ霞の蒸したる一ト村の奥に尽頭《はづれ》に咲き誇りたるを見たる、谷に臨みて春風ゆるく駐《とど》まるべき崖下などの小家包みて賑はしく咲けるを見たる、いづれをかしき趣あらぬは無し。この花を俗なりといひて謗る男あり。おほかたはおのれが少しの文字知りたるより、我が親を愚なりと云ひくだすきはの人なるべくや。片腹いたし。
木瓜
ぼけは、緋なるも白きも皆好し、刺《とげ》はあれど木ぶりも好ましからずや。これを籬にしたるは奢りがましけれど、処子が家にもさばかりの奢りはありてこそ宜かるべけれ。水に近き郷なるこれが枝には蘚《こけ》の付き易くして、ひとしほのおもむきを増すも嬉し。狭き庭にては高き窓の下、蔀《したみ》のほとり、あるは檐のさきなどの矮き樹。広き庭にては池のあなた、籬の隅、あるは小祠の陰などのやゝ高き樹。春まだ更《た》けぬに赤くも白くも咲き出した
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