へんかた無し。香は天つ風の烈しく吹くにも圧《お》されず、色は白璧を削りたればとてかくはあらじと思はるゝまで潔きが中に猶|温《あたゝ》かげなるおもむきさへあり。弁はひとへなれど、おもひきつて大きく咲きたる、なか/\に八重なる花の大なるより眼ざまし。心《しん》のさまも世の常有りふれたるものとは異ひて、仙女の冠などにも為さば為すべき花のおもかげ、かう/\しく貴し。此の花を瓶にせんは、たゞ人の堪ふべきところにあらず。まづは漢にて武帝、我邦にて太閤などこそこれを瓶中のものとなし得べき人なれと思はる。

      ※[#「※」は「たまへん+攵」、読みは「まい」、第3水準1−87−88、129−9]瑰

 陸奥のそとが浜つゞき、浪打ちかくる沙地の中などに、やさしく咲き出でたる※[#「※」は「たまへん+攵」、第3水準1−87−88、129−10]瑰《はまなす》の花の紅なる、あはれ深し。馬の上にて山々の遙に連なりつ断えつするを望み、海の音のとゞろき渡るを聞きながら、旅のおもひを歌なんどに案ずる折から、ゆかしき香を手綱かいくるついでに聞きつけて、ふと見る眼の下に、この花のあやしき蔓草まじり二つ三つ咲きたるを認めたる、おもしろさ何とも云ひがたし。

      棣棠

 やまぶきは唐《から》めかぬ花なり。籬にしたるは、卯の花とおもむき異にして、ゆかしさ同じ。八重ざきの黄なる殊に美し。あてなる女の髪黒く面白きが、此の花を簪《かざし》にしたる、いと美はし。女の簪には、此の花などこそをかしかるべけれ。薔薇は香高きに過ぎ、花美しきに過ぎたらずや。

      米嚢花

 けしは咲きたりと見るやがて脆くも散り行きて、心たくましき人に物のあはれを教へ顔なる、をかし。たとへば、をさなくて美しき児の、女になりたりと見ゆるやがてに、はや身ごもりて腹ふくだみたるがごとし。今しばし男持たずてありもすべきをと、よそより云ふも、美しさに浅からず心寄せたるあまりの後言《しりうごと》なるべし。

      山茶花

 つばきはもと冬の花なり。爛紅火の如く雪中に開く、と東坡の云ひけんはまことの風情なるべし。我邦にては、はやくより咲くもあれど、春に至りて美しく咲きこぼるゝを多しとす。花の品甚だ夥《おほ》きにや、享保の頃の人の数へ挙げたるのみにても六十八種あり。これもまた好み愛づる人の多くなれば、花の品の多くなり行くこと、牡丹などの如くなるものならん。月丹、照殿紅などは、唐土《もろこし》にての花大なるものの名なり。わびすけ、しら玉は我邦にての花白きものの名なり。藪椿のもさ/\と枝葉茂れるが中に濃き紅の色して咲ける、人は賤しといふ、我はおもしろしと思ふ。わびすけの世をわび顔に小さく咲ける、人は見るに栄《はえ》無しといふ、我はをかしと思ふ。こせ山のつら/\つばきと歌にいへるも、いかで今の人の美しとほむるきはの花ならんや。
 つばきは葉もよし。いつも緑にして光ある、誰か愛づるに足らずといふべきや。松杉の常盤なるとは異りて、これはまた、これのおもむきあり。奉書といふ紙を造るをり、この葉の用ゐらるゝことあるに定まれるもをかし。

      側金盞花

 福寿草は、小さき鉢に植ゑて一月の床に飾らるゝものと定まれるやうなり。野山に生ひたるは、画にこそ見たることもあれ、まことには眼にしたる事無し。さすがに、ゆかしきかたも無きにはあらず。されどこの花、備後おもての畳の上にのみある人の愛づべきものなるべし。土踏むことを知りたるものの心ひくべきおもむきは有たざらむ歟《か》。款冬花《ふきのたう》にはほゝゑみたる事あり、この花には句を案じたること無し。

      杏

 あんずと漢《から》めきたる名を呼ばるゝからもゝの花は、八重なる、一重なる、ともに好し。ことに八重の淡紅《うすくれなゐ》に咲けるが、晴れたる日、砂立つるほどの風の急《にはか》に吹き出でたるに、雨霰と夕陽《ゆふひ》さす中を散りたるなど、あはれ深し。名も無き小川のほとりなる農家の背戸の方に一本《ひともと》二本《ふたもと》一重なるが咲ける、其蔭に洗はれたる鍋釜の、うつぶせにして日に干されたるなんど、長閑なる春のさま、この花のあたりより溢れ出づる心地す。

      山桜桃

 にはうめは、いと小さき花の簇《む》れて咲くさま、花の数には入るべくもあらず見ゆるものながら、庭の四つ目籬の外などに、我は顔《がほ》もせず打潜みたる、譬へば田舎より出でたる小女の都慣れぬによろづ鼻白み勝にて人の背後《うしろ》にのみ隠れたるが、猶其の姿しほらしきところ人の眼を惹くが如し。枝のしなやかなる、葉のこは/\しからぬ、花のおもむきに協《かな》ひて憎からず。この花を位無しとは我もおもへ、あはれげ無しとは人も云はざらん。

      桃

 桃は書を読みたること
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