さまなる、取り出でゝ賞むべきものにもあらぬやうなれど、なか/\に好まし。心にまかせざること二ツ三ツあれば、怨みもし憂ひもするは人の常なるが、心|敦《あつ》げなるこの花に対ひて願はくは憂ひを忘れ愁ひを癒《いや》さんかな。

      雪団

 てまりはあぢさゐに似て心多からず。初めは淡く色あれど、やがては雪と潔くなりて終る。たとへば聊か気質《こゝろ》の偏《かたよ》りのある人の、年を積み道に進みて心さま純《きよ》く正しくなれるが如し。遠く望むも好し、近く視るも好し。花とのみ云はんや、師とすべきなり。

      水仙

 姿あり才ある女の男を持たず世にも習はで、身を終るまで汚《けがれ》を知らず、山ぎはの荘などに籠り居て、月よりほかには我が面をだに見せず、心清く過ごせるが如きは水仙の花のおもむきなり。麓の里のやや黒み行く夕暮に、安房なる鋸山の峻《さか》しきあたり、「きんだい」といへるが咲きて立ちたる、またなく気高し。

      菊

 菊は、白き、好し。黄なる、好し。紅も好し。紫も好し。蜀紅も好し。大なる、好し。小なる、好し。鶴※[#「※」は「令+羽」、読みは「れい」、第3水準1−90−30、126−12]もよし。西施も好し。剪絨も好し。人の力は、花大にして、弁の奇、色の妖なるに見《あら》はれ、おのづからなる趣きは、花のすこやかにして色の純なるに見ゆ。淵明が愛せしは白き菊なりしとかや、順徳帝のめでたまひしも白きものなりしとぞ。げに白くして大きからぬは、花を着くる多くして、性も弱からず、雨風に悩まさるれば一度は地に伏しながらも忽《たちまち》起きあがりて咲くなど、菊つくりて誇る今の人ならぬ古《いにしへ》の人のまことに愛《め》でもすべきものなり。ありあけの月の下、墨染の夕風吹く頃も、花の白きはわけて潔く趣きあり。黄なるは花のまことの色とや、げに是も品あがりて奥ゆかしく見ゆ。紫も紅もそれ/″\の趣きあり。厭はしきが一つとしてあらばこそ。たとひおのが好まぬもののあればとて、人の塗りつけたる色ならねば、遮りて悪くはいひがたし。折に触れては知らぬ趣きを見いだしつ、かゝるおもしろさもありけるものを、むかしは慮《おもひ》足らで由無くも云ひくだしたるよ、と悔ゆることあらん折は、花のおもはんところも羞かしからずや。このごろ或人菊の花を手にせる童子を画きたり。慈童かとおもへどさにもあらぬやうなり、蜀の成都の漢文翁石室の壁画にありといふ菊花娘子の図かと思へど、女とも見えず、また※[#「※」は「けものへん+彌」、第3水準1−87−82、127−11]猴《さる》も見えねば然《さ》にもあらぬやうなりと心まどひしけるが、画ける人のおもひより出でたる菊の花の精なりと後に聞きぬ。若し其人菊をめづること深くして、菊その情に酬ひざるを得ざるに至り、童子の姿を仮りて其人の前に現はれしことなどありて後、筆をとりて其おもかげを写したらんには、一ト入おもしろきものの成りたるならんとぞ微笑まる。

      芙※[#「※」は「くさかんむり+渠」、128−1]

 芙※[#「※」は「くさかんむり+渠」、128−2]《はなはちす》は花の中の王ともいふべくや。おのづから具はれる位高く、徳秀でたり。芬陀利も好し、波頭摩も好し。香は遠くわたれど、巌桂、瑞香、薔薇などのやうに、さし逼りたるごときおもむき無く、色はすぐれて麗はしけれど、海棠、牡丹、芍薬などのやうに媚めき立てるかたにはあらず。人の見るを許して人の狎《な》るゝを許さゞる風情、またたぐひ無く尊し。暁の星の光の薄るゝ頃、靄霧たちこむる中に、開く音する、それと姿を見ざる内よりはや人をしてあこがれしむ。雲の峰たちまち崩れて風ざは/\と高き樹に騒ぎ、空黒くなるやがて夕立雨の一トしきり降り来るに、早くも花を閉ぢたる賢《かしこ》さ、大智の人の機に先だちて身をとりおき、変に臨みて悠々たるにも似たり。散り際も莟の時も好く、散りてののち一トひら二タひら漣※[#「※」は「さんずい+猗」、第3水準1−87−6、128−9]《さざなみ》に身をまかせて動くとも動かざるとも無く水に浮べるもおもしろし。花ばかりかは。葉の浮きたる、巻きたる、開き張りたる、破れ裂けたる、枯《から》び果てたる、皆好し。茄《くき》の緑なせる時、赭く黒める時、いづれ好からぬは無く、蜂の巣なせるものも見ておもむき無からず。此花のすゞしげに咲き出でたるに長く打対ひ居れば、我が花を観る心地はせで、我が花に観らるゝ心地し、かへりみてさま/″\の汚れを帯びたる、我が身甲斐無く口惜きをおぼゆ。この花をめづるに堪ふべき人、そも人の世にいくたりかあらん。

      厚朴

 ほゝは、山深きあたりの高き梢に塵寰《ちりのよ》の汚れ知らず顔して、たゞ青雲《あをぐも》を見て嘯き立てる、気高さ比《たと》
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