まあ……」
三
「お澄さん……私は見事に強請《ねだ》ったね。――強請ったより強請《ゆすり》だよ。いや、この時刻だから強盗の所業《わざ》です。しかし難有《ありがた》い。」
と、枕だけ刎《は》ねた寝床の前で、盆の上ながらその女中――お澄――に酌をしてもらって、怪《け》しからず恐悦している。
客は、手を曳《ひ》いてくれないでは、腰が抜けて二階へは上《あが》れないと、串戯《じょうだん》を真顔で強いると、ちょっと微笑《ほほえ》みながら、それでも心《しん》から気の毒そうに、否《いや》とも言わず、肩を並べて、階子段《はしごだん》を――上《あが》ると蜿《うね》りしなの寂しい白い燈《ひ》に、顔がまた白く、褄《つま》が青かった。客は、機会のこんな事は人間一生の旅行のうちに、幾度《いくたび》もあるものではない。辻堂の中で三々九度の杯をするように一杯飲もう、と言った。――酒は、宵の、膳の三本めの銚子《ちょうし》が、給仕は遁《に》げたし、一人では詰《つま》らないから、寝しなに呷《あお》ろうと思って、それにも及ばず、ぐっすり寐込《ねこ》んだのが、そのまま袋戸棚の上に忍ばしてある事を思い出した
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