し、……またそうも言った。――お澄が念のため時間を訊《き》いた時、懐中時計は二時半に少し間《ま》があった。
「では、――ちょっと、……掃除番の目ざとい爺やが一人起きましたから、それに言って、心得さす事がありますから。」と軽く柔《やわらか》にすり抜けて、扉《ひらき》の口から引返す。……客に接しては、草履を穿《は》かない素足は、水のように、段の中途でもう消える。……宵に鯊《はぜ》を釣落した苦き経験のある男が、今度は鱸《すずき》を水際で遁《にが》した。あたかもその影を追うごとく、障子を開けて硝子戸《がらすど》越《ごし》に湖《うみ》を覗《のぞ》いた。
連《つらな》り亘《わた》る山々の薄墨の影の消えそうなのが、霧の中に縁《へり》を繞《めぐ》らす、湖《うみ》は、一面の大《おおい》なる銀盤である。その白銀《しろがね》を磨いた布目ばかりの浪もない。目の下の汀《みぎわ》なる枯蘆《かれあし》に、縦横に霜を置いたのが、天心の月に咲いた青い珊瑚珠《さんごじゅ》のように見えて、その中から、瑪瑙《めのう》の桟《さん》に似て、長く水面を遥《はるか》に渡るのは別館の長廊下で、棟に欄干を繞《めぐら》した月の色と、露の
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