光をうけるための台《うてな》のような建ものが、中空にも立てば、水にも映る。そこに鎖《とざ》した雨戸々々が透通って、淡く黄を帯びたのは人なき燈《ともしび》のもれるのであろう。
 鐘の音《ね》も聞えない。
 潟、この湖の幅の最も広く、山の形の最も遠いあたりに、ただ一つ黒い点が浮いて見える。船か雁《かり》か、※[#「辟/鳥」、436−12]※[#「(厂+虎)+鳥」、第4水準2−94−36]《かいつぶり》か、ふとそれが月影に浮ぶお澄の、眉の下の黒子《ほくろ》に似ていた。
 冷える、冷い……女に遁げられた男はすぐに一すくみに寒くなった。一人で、蟻《あり》が冬籠《ふゆごもり》に貯えたような件《くだん》のその一銚子《ひとちょうし》。――誰に習っていつ覚えた遣繰《やりくり》だか、小皿の小鳥に紙を蔽《おお》うて、煽《あお》って散らないように杉箸《すぎばし》をおもしに置いたのを取出して、自棄《やけ》に茶碗で呷った処へ――あの、跫音《あしおと》は――お澄が来た。「何もございませんけれど、」と、いや、それどころか、瓜の奈良漬。「山家《やまが》ですわね。」と胡桃《くるみ》の砂糖煮。台十能《だいじゅう》に火を持っ
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