て来たのを、ここの火鉢と、もう一つ。……段の上り口の傍《わき》に、水屋のような三畳があって、瓶掛《びんかけ》、茶道具の類が置いてある。そこの火鉢とへ、取分けた。それから隣座敷へ運ぶのだそうで、床の間の壁裏が、その隣座敷。――「旦那様の前ですけど、この二室《ふたま》が取って置きの上等」で、電報の客というのが、追ってそこへ通るのだそうである。――
「まあお一杯《ひとつ》。……お銚子が冷めますから、ここでお燗《かん》を。ぶしつけですけれど、途中が遠うございますから、おかわりの分も、」と銚子を二本。行届いた小取まわしで、大びけすぎの小酒《こざか》もり。北の海なる海鳴《うみなり》の鐘に似て凍る時、音に聞く……安宅《あたか》の関は、この辺《あたり》から海上三里、弁慶がどうしたと? 石川県|能美郡《のみごおり》片山津の、直侍《なおざむらい》とは、こんなものかと、客は広袖《どてら》の襟を撫《な》でて、胡坐《あぐら》で納まったものであった。
「だけど……お澄さんあともう十五分か、二十分で隣座敷《となり》へ行ってしまわれるんだと思うと、情《なさけ》ない気がするね。」
「いいえ。――まあ、お重ねなさいまし、
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