話を申上げますので。あの、久しぶりで宵に髪を洗いましたものですから、ちょっと束ねておりました処なんでございますよ。」
 いまは櫛巻《くしまき》が艶々《つやつや》しく、すなおな髪のふっさりしたのに、顔がやつれてさえ見えるほどである。
「女中《おんな》部屋でいたせばようございますのに、床も枕も一杯になって寝ているものでございますから、つい、一風呂頂きましたあとを、お客様のお使いになります処を拝借をいたしまして、よる夜中だと申すのに。……変化《おばけ》でございますわね――ほんとうに。」
 と鬢《びん》に手を触ったまままた俯向《うつむ》く。
「何、温泉宿の夜中に、寂しい廊下で出会《でっくわ》すのは、そんなお化に限るんだけれど、何てたって驚きましたよ――馬鹿々々しいほど驚いたぜ。」
 言うまでもなく、女中と分って、ものいいぶりも遠慮なしに、
「いまだに、胸がどきどきするね。」
 と、どうした料簡《りょうけん》だか、ありあわせた籐椅子《とういす》に、ぐったりとなって肱《ひじ》をもたせる。
「あなた、お寒くはございませんの。」
「今度は赫々《かっか》とほてるんだがね。――腰が抜けて立てません。」

前へ 次へ
全28ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング