っと湯に染まって、眉の優しい、容子《ようす》のいい女で、色はただ雪をあざむく。
「しかし、驚きましたよ、まったくの処驚きましたよ。」
 と、懐中《ふところ》に突込《つっこ》んで来た、手巾《ハンケチ》で手を拭《ふ》くのを見て、
「あれ、貴方《あなた》……お手拭《てぬぐい》をと思いましたけれど、唯今《ただいま》お湯へ入りました、私のだものですから。――それに濡れてはおりますし……」
「それは……そいつは是非拝借しましょう。貸して下さい。」
「でも、貴方。」
「いや、結構、是非願います。」
 と、うっかりらしく手に持った女の濡手拭を、引手繰《ひったく》るようにぐいと取った。
「まあ。」
「ばけもののする事だと思って下さい。丑満時《うしみつどき》で、刻限が刻限だから。」
 ほぼその人がらも分ったので、遠慮なしに、半《なかば》調戯《からか》うように、手どころか、するすると面《おもて》を拭いた。湯のぬくもりがまだ残る、木綿も女の膚馴《はだな》れて、柔《やわら》かに滑《なめら》かである。
「あれ、お気味が悪うございましょうのに。」
 と釣込まれたように、片袖を頬に当てて、取戻そうと差出す手から、つい
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