る。
「いや知っています。」
これで安心して、衝《つ》と寄りざまに、斜《ななめ》に向うへ離れる時、いま見たのは、この女の魂だったろう、と思うほど、姿も艶《えん》に判然《はっきり》して、薄化粧した香さえ薫る。湯上りの湯のにおいも可懐《なつかし》いまで、ほんのり人肌が、空《くう》に来て絡《まつわ》った。
階段を這《は》った薄い霧も、この女の気を分けた幽《かすか》な湯の煙であったろうと、踏んだのは惜《おし》い気がする。
「何だろう、ここの女中とは思うが、すばらしい中年増《ちゅうどしま》だ。」
手を洗って、ガタン、トンと、土間穿《どまばき》の庭下駄を引摺る時、閉めて出た障子が廊下からすッと開《あ》いたので、客はもう一度ハッとした。
と小がくれて、その中年増がそこに立つ。
「これは憚《はばか》り……」
「いいえ。」
と、もう縞の小袖をしゃんと端折《はしょ》って、昼夜帯を引掛《ひっかけ》に結んだが、紅《あか》い扱帯《しごき》のどこかが漆の葉のように、紅《くれない》にちらめくばかり。もの静《しずか》な、ひとがらな、おっとりした、顔も下ぶくれで、一重瞼《ひとえまぶた》の、すっと涼しいのが、ぽ
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