に老人夫婦ばかりと聞いただけに、廊下でいきなり、女の顔の白鷺《しらさぎ》に擦違ったように吃驚《びっくり》した。
 が、雪のようなのは、白い頸《くび》だ。……背後《うしろ》むきで、姿見に向ったのに相違ない。燈《ひ》の消えたその洗面所の囲《まわり》が暗いから、肩も腰も見えなかったのであろう、と、疑《うたがい》の幽霊を消しながら、やっぱり悚然《ぞっ》として立淀《たちよど》んだ。
 洗面所の壁のその柱へ、袖の陰が薄《うっす》りと、立縞《たてじま》の縞目が映ると、片頬《かたほ》で白くさし覗いて、
「お手水《ちょうず》……」
 と、ものを忍んだように言った。優しい柔かな声が、思いなしか、ちらちらと雪の降りかかるようで、再び悚然《ぞっ》として息を引く。……
「どうぞ、こちらへ。」
 と言った時は――もう怪しいものではなかった――紅鼻緒の草履に、白い爪さきも見えつつ、廊下を導いてくれるのであろう。小褄《こづま》を取った手に、黒繻子《くろじゅす》の襟が緩い。胸が少しはだかって、褄を引揚げたなりに乱れて、こぼれた浅葱《あさぎ》が長く絡《からま》った、ぼっとりものの中肉が、帯もないのに、嬌娜《しなやか》であ
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