ぜ、旦那。」
「首途《かどで》に、くそ忌々《いまいま》しい事があるんだ。どうだかなあ。さらけ留《や》めて、一番新地で飲んだろうかと思うんだ。」

       六

「貴方《あなた》、ちょっと……お話がございます。」

 ――弁当は帳場に出来ているそうだが、船頭の来ようが、また遅かった。――
「へい、旦那御機嫌よう。」と三人ばかり座敷へ出ると、……「遅いじゃねえか。」とその御機嫌が大不機嫌。「先刻《さっき》お勝手へ参りましただが、お澄さんが、まだ旦那方、御飯中で、失礼だと言わっしゃるものだで。」――「撃《ぶ》つぞ。出ろ。ここから一発はなしたろか。」と銃猟家が、怒りだちに立った時は、もう横雲がたなびいて、湖の面《おもて》がほんのりと青ずんだ。月は水線に玉を沈めて、雪の晴れた白山に、薄紫の霧がかかったのである。
 早いもので、湖に、小さい黒い点が二つばかり、霧を曳《ひ》いて動いた。船である。
 睡眠《ねむり》は覚めたろう。翼を鳴らせ、朝霜に、光あれ、力あれ、寿《いのちなが》かれ、鷭よ。
 雪次郎は、しかし、青い顔して、露台に湖に面して、肩をしめて立っていた。
 お澄が入って来た――が、すぐ
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