鬢《びん》のおくれ毛が彫込んだようになっていた。その髪の一条《ひとすじ》を、雪次郎が引いてとった時、「あ痛、」と声を上げたくらいであるから。……
かくまでの苦痛を知らぬ顔で堪えた。――幇間《ほうかん》が帰ってからは、いまの拷掠については、何の気色もしなかったのである。
銃猟家のいいつけでお澄は茶漬の膳を調えに立った。
扉《ドア》から雪次郎が密《そっ》と覗くと、中段の処で、肱《ひじ》を硬直に、帯の下の腰を圧《おさ》えて、片手をぐったりと壁に立って、倒れそうにうつむいた姿を見た。が、気勢《けはい》がしたか、ふいに真青《まっさお》な顔して見ると、寂しい微笑を投げて、すっと下りたのである。
隣室には、しばらく賤《いやし》げに、浅ましい、売女商売の話が続いた。
「何をしてうせおる。――遅いなあ。」
二度まで爺やが出て来て、催促をされたあとで、お澄が膳を運んだらしい。
「何にもございません。――料理番がちょと休みましたものですから。」
「奈良漬、結構。……お弁当もこれが関でげすぜ、旦那。」
と、幇間が茶づけをすする音、さらさらさら。スウーと歯ぜせりをしながら、
「天気は極上、大猟でげす
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