は聞えまいが、このくらいな大声だ。われが耳は打《ぶち》ぬいたろう。どてッ腹へ響いたろう。」
「響いたがどうしたい。」と、雪次郎は鸚鵡《おうむ》がえしで、夜具に凭《もた》れて、両の肩を聳《そび》やかした。そして身構えた。
が、そのまま何もなくバッタリ留《や》んだ。――聞け、時に、ピシリ、ピシリ、ピシャリと肉を鞭打《むちう》つ音が響く。チンチンチンチンと、微《かすか》に鉄瓶の湯が沸《たぎ》るような音が交《まじ》る。が、それでないと、湯気のけはいも、血汐《ちしお》が噴くようで、凄《すさま》じい。
雪次郎はハッと立って、座敷の中を四五|度《たび》廻った。――衝《つ》と露台へ出る、この片隅に二枚つづきの硝子《がらす》を嵌《は》めた板戸があって、青い幕が垂れている。晩方の心覚えには、すぐその向うが、おなじ、ここよりは広い露台で、座敷の障子が二三枚|覗《のぞ》かれた――と思う。……そのまま忍寄って、密《そっ》とその幕を引《ひき》なぐりに絞ると、隣室の障子には硝子が嵌め込《こみ》になっていたので、一面に映るように透いて見えた。ああ、顔は見えないが、お澄の色は、あの、姿見に映った時とおなじであろう。
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