んで。……しかし御口中《ごこうちゅう》ぐらいになさいませんと、これから飛道具を扱います。いえ、第一遠く離れていらっしゃるで、奥方の方で御承知をなさいますまい。はははは、御遠慮なくお先へ。……しかしてその上にゆっくりと。」
 階子段《はしごだん》に足踏《あしぶみ》して、
「鷭だよ、鷭だよ、お次の鷭だよ、晩の鷭だよ、月の鷭だよ、深夜《よなか》の鷭だよ、トンと打《ぶ》つけてトントントンとサ、おっとそいつは水鶏《くいな》だ、水鶏だ、トントントトン。」と下りて行《ゆ》く。
 あとは、しばらく、隣座敷に、火鉢があるまいと思うほど寂寞《ひっそり》した。が、お澄のしめやかな声が、何となく雪次郎の胸に響いた。
「黙れ!」
 と梁《はり》から天井へ、つつぬけにドス声で、
「分った! そうか。三晩つづけて、俺が鷭撃に行って怪我をした夢を見たか。そうか、分った。夢がどうした、そんな事は木片《こっぱ》でもない。――俺が汝等《うぬら》の手で面《つら》へ溝泥《どぶどろ》を塗られたのは夢じゃないぞ。この赫《かッ》と開けた大きな目を見ろい。――よくも汝《うぬ》、溝泥を塗りおったな。――聞えるか、聞えるか。となりの野郎に
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