《な》れました船頭が参りますと、小船二|艘《そう》でお出かけなさるんでございますわ。」
「それは……対手《あいて》は大紳士だ。」と客は歎息して怯《おび》えたように言った。
「ええ、何ですか、貸座敷の御主人なんでございます。」
「貸座敷――女郎屋《じょろや》の亭主かい。おともはざっと幇間《たいこもち》だな。」
「あ、当りました、旦那。」
と言ったが、軽く膝で手を拍《う》って、
「ほんに、辻占《つじうら》がよくって、猟のお客様はお喜びでございましょう。」
「お喜びかね。ふう成程――ああ大した勢いだね。おお、この静寂《しずか》な霜の湖を船で乱して、谺《こだま》が白山《はくさん》へドーンと響くと、寝ぬくまった目を覚して、蘆の間から美しい紅玉の陽の影を、黒水晶のような羽に鏤《ちりば》めようとする鷭が、一羽ばたりと落ちるんだ。血が、ぽたぽたと流れよう。犬の口へぐたりとはまって、水しぶきの中を、船へ倒れると、ニタニタと笑う貸座敷の亭主の袋へ納まるんだな。」
お澄は白い指を扱《しご》きつつ、うっかり聞いて顔を見た。
「――お澄さん、私は折入って姐《ねえ》さんにお願いが一つある。」
客は膝をきめて
前へ
次へ
全28ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング