っと湯に染まって、眉の優しい、容子《ようす》のいい女で、色はただ雪をあざむく。
「しかし、驚きましたよ、まったくの処驚きましたよ。」
と、懐中《ふところ》に突込《つっこ》んで来た、手巾《ハンケチ》で手を拭《ふ》くのを見て、
「あれ、貴方《あなた》……お手拭《てぬぐい》をと思いましたけれど、唯今《ただいま》お湯へ入りました、私のだものですから。――それに濡れてはおりますし……」
「それは……そいつは是非拝借しましょう。貸して下さい。」
「でも、貴方。」
「いや、結構、是非願います。」
と、うっかりらしく手に持った女の濡手拭を、引手繰《ひったく》るようにぐいと取った。
「まあ。」
「ばけもののする事だと思って下さい。丑満時《うしみつどき》で、刻限が刻限だから。」
ほぼその人がらも分ったので、遠慮なしに、半《なかば》調戯《からか》うように、手どころか、するすると面《おもて》を拭いた。湯のぬくもりがまだ残る、木綿も女の膚馴《はだな》れて、柔《やわら》かに滑《なめら》かである。
「あれ、お気味が悪うございましょうのに。」
と釣込まれたように、片袖を頬に当てて、取戻そうと差出す手から、ついと、あとじさりに離れた客は、手拭を人質のごとく、しかと取って、
「気味の悪かったのは只今でしたな――この夜ふけに、しかも、ここから、唐突《だしぬけ》だろう。」
そのまま洗面所へ肩を入れて、
「思いも寄らない――それに、余り美しい綺麗《きれい》な人なんだから。」
声が天井へもつき通して、廊下へも響くように思われたので、急に、ひっそりと声の調子を沈めた。
「ほんとうに胆《きも》が潰《つぶ》れたね。今思ってもぞッとする……別嬪《べっぴん》なのと、不意討で……」
「お巧言《じょうず》ばっかり。」
と、少し身を寄せたが、さしうつむく。
「串戯《じょうだん》じゃありません。……(お手水……)の時のごときは、頭から霜を浴びて潟の底へ引込まれるかと思ったのさ。」
大袈裟《おおげさ》に聞えたが。……
「何とも申訳がありません。――時ならない時分に、髪を結ったりなんかしましたものですから。――あの、実は、今しがた、遠方のお客様から電報が入りまして、この三時十分に動橋《いぶりばし》へ着きます汽車で、当方へおいでになるッて事だものですから、あとは皆《みんな》年下の女たちが疲れて寝ていますし……私がお世
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