て》の剣《つるぎ》であつた。
一|疋《ぴき》、ハツと飛退《とびしさ》つたが、ぶつ/\といふ調子で、
「お刀の汚《けが》れ、お刀の汚れ。」と鳴いた。
また気勢《けはい》がして、仏壇の扉|細目《ほそめ》に仄見《ほのみ》え給《たま》ふ端厳《たんごん》微妙《みみょう》の御顔《おんかんばせ》。
蠅は内々《ないない》に、
「観音様、お手が汚《よご》れます。」
「けがれ不浄《ふじょう》のものでござい。」
「不浄のものでござい。」
と呟《つぶや》きながら、さすがに恐れて静まつた。が、暫時《しばらく》して一個《ひとつ》厭《いや》な声で、
「はゝゝゝはゝ、いや、恁《こう》又《また》ものも汚《きたの》うなると、手がつけられぬから恐るゝことなし。はゝはゝこら、何《ど》うぢやい。」と、ひよいと躍《おど》つた。
トコトン/\、はらり/\、くるりと廻り、ぶんと飛んで、座は唯《ただ》蠅で蔽《おお》はれて、果《はて》は夥《おびただ》しい哉《かな》渦《うずま》く中に、幼児《おさなご》は息が留《とま》つた。
恰《あたか》も可《よ》し、中形《ちゅうがた》の浴衣《ゆかた》、繻子《しゅす》の帯、雪の如き手に団扇《うち
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