わ》を提げて、店口《みせぐち》の暖簾《のれん》を分け、月の眉《まゆ》、先《ま》づ差覗《さしのぞ》いて、
「おゝ、大変な蠅だ。」
と姉が、しなやかに手を振つて、顔に触《さわ》られまいと、俯向《うつむ》きながら、煽《あお》ぎ消すやうに、ヒラヒラと払ふと、そよ/\と起る風の筋《すじ》は、仏の御加護《おんかご》、おのづから、魔を退《しりぞ》くる法《ほう》に合《かな》つて、蠅の同勢《どうぜい》は漂ひ流れ、泳ぐが如くに、むら/\と散つた。
座に着いて、針箱の引出《ひきだし》から、一糸《いっし》其の色|紅《くれない》なるが、幼児《おさなご》の胸にかゝつて居るのを見て、
「いたづらツ児《こ》ねえ。」と莞爾《にっこり》、寝顔を優しく睨《にら》むと、苺《いちご》が露《つゆ》に艶《つやや》かなるまで、朱の唇に蠅が二つ。
「酷《ひど》いこと!」と柳眉《りゅうび》逆立《さかだ》ち、心《こころ》激《げき》して団扇《うちわ》に及ばず、袂《たもと》の尖《さき》で、向うへ払ふと、怪しい虫の消えた後《あと》を、姉は袖口《そでくち》で噛《か》んで拭《ふ》いて遣《や》りながら、同じ針箱の引出から、二つ折、笹色《ささいろ》
前へ
次へ
全11ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング