し、足はなへたり、身動きも出来ぬ切《せつ》なさ。
 何を!これしきの虫と、苛《いら》つて、恰《あたか》も転《ころが》つて来て、下《した》まぶちの、まつげを侵《おか》さうとするのを、現《うつつ》にも睨《ね》めつける気で、屹《きっ》と瞳《ひとみ》を据《す》ゑると、いかに、普通|見馴《みな》れた者とは大いに異り、一《ひと》ツは鉄《くろがね》よりも固さうな、而《そ》して先の尖《とが》つた奇なる烏帽子《えぼし》を頭《かしら》に頂き、一《ひと》ツは灰色の大紋《だいもん》ついた素袍《すおう》を着て、いづれも虫の顔《つら》でない。紳士と、件《くだん》の田舎漢《いなかもの》で、外道面《げどうづら》と、鬼の面《めん》。――醜悪《しゅうあく》絶類《ぜつるい》である。
「あ、」と云つたが其の声|咽喉《のんど》に沈み、しやにむに起き上らうとする途端に、トンと音が、身体中《からだじゅう》に響き渡つて、胸に留《とま》つた別に他《た》の一|疋《ぴき》の大蠅《おおばえ》が有つた。小児《こども》は粉米《こごめ》の団子《だんご》の固くなつたのが、鎧甲《よろいかぶと》を纏《まと》うて、上に跨《またが》つたやうに考へたのである
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