》て優しい姉の手に育てられて、然《そ》う為《し》た事のない眉根《まゆね》を寄せた。
 堪へ難《がた》い不快にも、余り眠かつたから手で払ふことも為《せ》ず、顔を横にすると、蠅は辷《すべ》つて、頬の辺《あたり》を下から上へ攀《よ》ぢむと為《す》る。
 這《は》ふ時の脚《あし》には、一種の粘糊《ねばり》が有るから、気《け》だるいのを推《お》して払《はた》くは可《い》いが、悪く掌《てのひら》にでも潰《つぶ》れたら何《ど》うせう。

        下

 其時《そのとき》まで未《ま》だ些《ち》とは張《はり》の有つた目を、半《なか》ば閉ぢて、がつくりと仰向《あおむ》くと、之《これ》がため蠅は頬《ほっ》ぺたを嘗《な》めて居た嘴《くちばし》から糸を引いて、ぶう/\と鳴いて飛上《とびあが》つたが、声も遠くには退《の》かず。
 瞬《またた》く間《ま》に翼を組んで、黒点|先刻《さっき》よりも稍《やや》大きく、二つが一つになつて、衝《つ》と、細眉《ほそまゆ》に留《と》まると、忽《たちま》ちほぐれて、びく/\と、ずり退《の》いたが、入交《いりまじ》つたやうに覚えて、頬《ほお》の上で再び一《ひと》ツ一《ひと》ツ
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