らめいて、忽《たちま》ち算《さん》無《な》く、其《そ》の紅《くれない》となく、紫となく、緑となく、あらゆる色が入乱《いりみだ》れて、上になり、下になり、右へ飛ぶかと思ふと左へ躍《おど》つて、前後に飜《ひるがえ》り、また飜つて、瞬《またたき》をする間《ま》も止《や》まぬ。
 此《こ》の軽いものを戦《そよ》がすほどの風もない、夏の日盛《ひざかり》の物静けさ、其の癖、こんな時は譬《たと》ひ耳を押《おっ》つけて聞いても、金魚の鰭《ひれ》の、水を掻《か》く音さへせぬのである。
 さればこそ烈しく聞えたれ、此の児《こ》が何時《いつ》も身震《みぶるい》をする蠅《はえ》の羽音《はおと》。
 唯《と》同時に、劣等な虫は、ぽつりと点になつて目を衝《つ》と遮《さえぎ》つたので、思はず足を縮めると、直《ただち》に掻《か》き消すが如く、部屋の片隅《かたすみ》に失《う》せたが、息つく隙《ひま》もなう、流れて来て、美しい眉《まゆ》の上。
 留《と》まると、折屈《おりかが》みのある毛だらけの、彼《か》の恐るべき脚《あし》は、一《ひと》ツ一《ひと》ツ蠢《うごめ》き始めて、睫毛《まつげ》を数へるが如くにするので、予《かね
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