し、足はなへたり、身動きも出来ぬ切《せつ》なさ。
何を!これしきの虫と、苛《いら》つて、恰《あたか》も転《ころが》つて来て、下《した》まぶちの、まつげを侵《おか》さうとするのを、現《うつつ》にも睨《ね》めつける気で、屹《きっ》と瞳《ひとみ》を据《す》ゑると、いかに、普通|見馴《みな》れた者とは大いに異り、一《ひと》ツは鉄《くろがね》よりも固さうな、而《そ》して先の尖《とが》つた奇なる烏帽子《えぼし》を頭《かしら》に頂き、一《ひと》ツは灰色の大紋《だいもん》ついた素袍《すおう》を着て、いづれも虫の顔《つら》でない。紳士と、件《くだん》の田舎漢《いなかもの》で、外道面《げどうづら》と、鬼の面《めん》。――醜悪《しゅうあく》絶類《ぜつるい》である。
「あ、」と云つたが其の声|咽喉《のんど》に沈み、しやにむに起き上らうとする途端に、トンと音が、身体中《からだじゅう》に響き渡つて、胸に留《とま》つた別に他《た》の一|疋《ぴき》の大蠅《おおばえ》が有つた。小児《こども》は粉米《こごめ》の団子《だんご》の固くなつたのが、鎧甲《よろいかぶと》を纏《まと》うて、上に跨《またが》つたやうに考へたのである。
畳《たたみ》の左右に、はら/\と音するは、我を襲ふ三|疋《びき》の外《ほか》なるが、なほ、十《とお》ばかり。
其の或者《あるもの》は、高波《たかなみ》のやうに飛び、或者は網《あみ》を投げるやうに駆け、衝《つ》と行き、颯《さっ》と走つて、恣《ほしいまま》に姉の留守の部屋を暴《あら》すので、悩み煩《わずら》ふものは単《ただ》小児《こども》ばかりではない。
小箪笥《こだんす》の上に飾つた箱の中の京人形は、蠅が一斉にばら/\と打撞《ぶつか》るごとに、硝子越《がらすごし》ながら、其の鈴のやうな美しい目を塞《ふさ》いだ。……柱かけの花活《はないけ》にしをらしく咲いた姫百合《ひめゆり》は、羽の生えた蛆《うじ》が来て、こびりつく毎《ごと》に、懈《た》ゆげにも、あはれ、花片《はなびら》ををのゝかして、毛《け》一筋《ひとすじ》動かす風《かぜ》もないのに、弱々《よわよわ》と頭《かぶり》を掉《ふ》つた。弟は早《は》や絶入《たえい》るばかり。
時に、壁の蔭《かげ》の、昼も薄暗い、香《こう》の薫《かおり》のする尊い御厨子《みずし》の中に、晃然《きらり》と輝いたのは、妙見宮《みょうけんぐう》の御手《おん
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