蠅を憎む記
泉鏡花
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)為《し》たる
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)黒点|先刻《さっき》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)フツ/\
−−
上
いたづら為《し》たるものは金坊《きんぼう》である。初めは稗蒔《ひえまき》の稗《ひえ》の、月代《さかやき》のやうに素直に細《こまか》く伸びた葉尖《はさき》を、フツ/\と吹いたり、※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《ろう》たけた顔を斜めにして、金魚鉢《きんぎょばち》の金魚の目を、左から、又右の方から視《なが》めたり。
やがて出窓の管簾《くだすだれ》を半《なか》ば捲《ま》いた下で、腹《はら》ンばひに成つたが、午飯《おひる》の済んだ後《あと》で眠気《ねむけ》がさして、くるりと一《ひと》ツ廻つて、姉の針箱《はりばこ》の方を頭《つむり》にすると、足を投げて仰向《あおむき》になつた。
目は、ぱつちりと※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》いて居ながら、敢《あえ》て見るともなく針箱の中に可愛《かわい》らしい悪戯《いたずら》な手を入れたが、何を捜すでもなく、指に当つたのは、ふつくりした糸巻《いとまき》であつた。
之《これ》を指の尖《さき》で撮《つま》んで、引《ひっ》くり返して、引出《ひきだし》の中で立てて見た。
然《そ》うすると、弟が柔かな足で、くる/\遊び廻る座敷であるから、万一の過失《あやまち》あらせまい為、注意深い、優しい姉の、今しがた店の商売《あきない》に一寸《ちょいと》部屋を離れるにも、心して深く引出《ひきだし》に入れて置いた、剪刀《はさみ》が一所《いっしょ》になつて入つて居たので、糸巻の動くに連れて、夫《それ》に結《いわ》へた小さな鈴が、ちりんと幽《かすか》に云ふから、幼《いとけな》い耳に何か囁《ささや》かれたかと、弟は丸々《まるまる》ツこい頬《ほお》に微笑《ほほえ》んで、頷《うなず》いて鳴《なら》した。
鳴るのが聞えるのを嬉《うれ》しがつて
次へ
全6ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング