、果《はて》は烈《はげ》しく独楽《こま》のやう、糸巻はコトコトとはずんで、指をはなれて引出の一方へ倒れると、鈴は又一つチリンと鳴つた。小《ちいさ》な胸には、大切なものを落したやうに、大袈裟《おおげさ》にハツとしたが、ふと心着《こころづ》くと、絹糸の端が有るか無きかに、指に挟《はさま》つて残つて居たので、うかゞひ、うかゞひ、密《そっ》と引くと、糸巻は、ひらりと面《おもて》を返して、糸はする/\と手繰《たぐ》られる。手繰りながら、斜《ななめ》に、寝転んだ上へ引き/\、頭《こうべ》をめぐらして、此方《こなた》へ寝返《ねがえり》を打つと、糸は左の手首から胸へかゝつて、宙に中《なか》だるみ為《し》て、目前《めさき》へ来たが、最《も》う眠いから何《なん》の色とも知らず。
自《みずか》ら其《それ》を結んだとも覚えぬに、宛然《さながら》糸を環《わ》にしたやうな、萌黄《もえぎ》の円《まる》いのが、ちら/\一《ひと》ツ見え出したが、見る/\紅《くれない》が交《まじ》つて、廻ると紫《むらさき》になつて、颯《さっ》と砕け、三《みっ》ツに成つたと見る内、八《や》ツになり、六《む》ツになり、散々《ちりぢり》にちらめいて、忽《たちま》ち算《さん》無《な》く、其《そ》の紅《くれない》となく、紫となく、緑となく、あらゆる色が入乱《いりみだ》れて、上になり、下になり、右へ飛ぶかと思ふと左へ躍《おど》つて、前後に飜《ひるがえ》り、また飜つて、瞬《またたき》をする間《ま》も止《や》まぬ。
此《こ》の軽いものを戦《そよ》がすほどの風もない、夏の日盛《ひざかり》の物静けさ、其の癖、こんな時は譬《たと》ひ耳を押《おっ》つけて聞いても、金魚の鰭《ひれ》の、水を掻《か》く音さへせぬのである。
さればこそ烈しく聞えたれ、此の児《こ》が何時《いつ》も身震《みぶるい》をする蠅《はえ》の羽音《はおと》。
唯《と》同時に、劣等な虫は、ぽつりと点になつて目を衝《つ》と遮《さえぎ》つたので、思はず足を縮めると、直《ただち》に掻《か》き消すが如く、部屋の片隅《かたすみ》に失《う》せたが、息つく隙《ひま》もなう、流れて来て、美しい眉《まゆ》の上。
留《と》まると、折屈《おりかが》みのある毛だらけの、彼《か》の恐るべき脚《あし》は、一《ひと》ツ一《ひと》ツ蠢《うごめ》き始めて、睫毛《まつげ》を数へるが如くにするので、予《かね
前へ
次へ
全6ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング