初会の晩なぞは、見得に技師だって言いました。が、私《てまえ》はその頃、小石川へ勤めました鉄砲組でございますが、」
「ああ、造兵かね、私《わっし》の友達にも四五人居るよ。中の一人は、今夜もお不動様で一所だっけ。そうかい、そいつは頼母《たのも》しいや。」と欣八いささか色を直す。
「見なさいます通りで、我ながら早やかように頼母しくなさ過ぎます。もっとも、車夫の看板を引抜いて、肩で暖簾を分けながら、遊ぶぜ、なぞと酔った晩は、そりゃ威勢が可《よ》うがした。」
と投首しつつ、また吐息《といき》。じっと灯《ともしび》を瞻《みまも》ったが、
「ところで、肝心のその燃えさしの蝋燭の事でございます。
嘘か、真《まこと》かは分りません。かねて、牛鍋のじわじわ酒に、夥間《なかま》の友だちが話しました事を、――その大木戸向うで、蝋燭の香《におい》を、芬《ぷん》と酔爛《よいただ》れた、ここへ、その脳へ差込まれましたために、ふと好事《ものずき》な心が、火取虫といった形で、熱く羽ばたきをしたのでございます。
内には柔《やさ》しい女房もございました。別に不足というでもなし、……宿《しゅく》へ入ったというものは、た
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