窓から雪頽《なだ》れ込みそうな掘立一室《ほったてひとま》。何にも無い、畳の摺剥《すりむ》けたのがじめじめと、蒸れ湿ったその斑《まだら》が、陰と明るみに、黄色に鼠に、雑多の虫螻《むしけら》の湧《わ》いて出た形に見える。葉鉄《ブリキ》落しの灰の濡れた箱火鉢の縁《へり》に、じりじりと燃える陰気な蝋燭を、舌のようになめらかして、しょんぼりと蒼《あお》ざめた、髪の毛の蓬《おどろ》なのが、この小屋の……ぬしと言いたい、墓から出た状《さま》の進藤延一。
がっしとまた胸を絞って、
「でありますが、余りお疑い深いのも罪なものでございます。」
と、もの言う都度、肩から暗くなって、蝋燭の灯に目ばかりが希代に光る。
「疑うのが職業だって、そんな、お前《めえ》、狐の性《しょう》じゃあるまいし、第一、僕はそのね、何も本職というわけじゃないんだよ。」
となぜか弱い音《ね》を吹いた……差向いをずり下《さが》って、割膝で畏《かしこま》った半纏着の欣八刑事、風受《かざう》けの可《よ》い勢《いきおい》に乗じて、土蜘蛛《つちぐも》の穴へ深入《ふかいり》に及んだ列卒《せこ》の形で、肩ばかり聳《そび》やかして弱身を見せじと
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