った。
「進藤延一……造兵……技師だ。」

       七

「こういう事をお話し申した処で、ほんとにはなさりますまい。第一そんな安店に、容色《きりょう》と云い気質《きだて》と云い、名も白露で果敢《はか》ないが、色の白い、美しい婦《おんな》が居ると云っては、それからが嘘らしく聞えるでございましょう。
 その上、癡言《たわこと》を吐《つ》け、とお叱りを受けようと思いますのは、娼妓《じょろう》でいて、まるで、その婦《おんな》が素地《きじ》の処女《むすめ》らしいのでございます。ええ、他の仁にはまずとにかく、私《てまえ》だけにはまったくでございました。
 なお怪しいでございましょう……分けて、旦那方は御職掌で、人一倍、疑り深くいらっしゃいますから。」――
 一言ずつ、呼気《いき》を吐《つ》くと、骨だらけな胸がびくびく動く、そこへ節くれだった、爪の黒い掌《てのひら》をがばと当てて、上下《うえした》に、調子を取って、声を揉出《もみだ》す。
 佐内坂の崖下、大溝《おおどぶ》通りを折込《おれこ》んだ細路地の裏長屋、棟割《むねわり》で四軒だちの尖端《とっぱずれ》で……崖うらの畝々坂《うねうねざか》が引
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