麗で柔順《おとな》しくって持てさいすりゃ言種《いいぐさ》はないんじゃないか。遅いや、ね、お前さん。」
 と一ツ叱って、客が這奴《しゃ》言おうで擡《もた》げた頭《ず》を、しゃくった頤《あご》で、無言《だんまり》で圧着《おしつ》けて、
「お勝どん、」と空《くう》を呼ぶ。
「へーい。」
 途端に、がらがらと鼠が騒いだ。……天井裏で声がして、十五六の当の婢《ちび》は、どこから顕《あらわ》れたか、煤《すす》を繋《つな》いで、その天井から振下《ぶらさ》げたように、二階の廊下を、およそ眠いといった仏頂面で、ちょろりと来た。
「白露さん、……お初会《しょかい》だよ。」
「へーい。」
 夢が裏返ったごとく、くるりと向うむきになって、またちょろり。
「旦那こちらへ、……ちょうどお座敷がございます。」
「待て、」
 と云ったが、遣手の剣幕に七分の恐怖《おそれ》で、煙草入を取って、やッと立つと……まだ酔っている片膝がぐたりとのめる。
「蝋燭はどうしたんだ。」
「何も御会計と御相談さ。」と、ずっきり言う。
 ……彼は、苦い顔で立上って、勿論広くはない廊下、左右の障子へ突懸《つっかけ》るように、若い衆の背中を睨《
前へ 次へ
全40ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング