む梯子段《はしごだん》。
「いらっしゃい。」と……水へ投げて海津《かいず》を掬《しゃく》う、溌剌《はつらつ》とした声なら可《い》いが、海綿に染む泡波《あぶく》のごとく、投げた歯に舌のねばり、どろんとした調子を上げた、遣手部屋《やりてべや》のお媼《ば》さんというのが、茶渋に蕎麦切《そばきり》を搦《から》ませた、遣放《やりッぱな》しな立膝で、お下りを這曳《しょび》いたらしい、さめた饂飩《うどん》を、くじゃくじゃと啜《すす》る処――
 横手の衝立《ついたて》が稲塚《いなづか》で、火鉢の茶釜《ちゃがま》は竹の子笠、と見ると暖麺《ぬくめん》蚯蚓《みみず》のごとし。惟《おもんみ》れば嘴《くちばし》の尖《とが》った白面の狐《コンコン》が、古蓑《ふるみの》を裲襠《うちかけ》で、尻尾の褄《つま》を取って顕《あらわ》れそう。
 時しも颯《さっ》と夜嵐して、家中穴だらけの障子の紙が、はらはらと鳴る、霰《あられ》の音。
 勢《いきおい》辟易《へきえき》せざるを得ずで、客人ぎょっとした体《てい》で、足が窘《すく》んで、そのまま欄干に凭懸《よりかか》ると、一小間抜けたのが、おもしに打たれて、ぐらぐらと震動に及ぶ。
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