あたたま》りたそうな車夫は、値が極《きま》ってこれから乗ろうとする酔客《よっぱらい》が、ちょっと一服で、提灯《ちょうちん》の灯で吸うのを待つ間《ま》、氷のごとく堅くなって、催促がましく脚と脚を、霜柱に摺合《すりあわ》せた。
「何?大分いけますね……とおいでなさると、お酌が附いて飲んでるようだが、酒はもう沢山だ。この上は女さね。ええ、どうだい、生酔《なまよい》本性|違《たが》わずで、間違の無い事を言うだろう。」
「何ならお供をいたしましょう、ええ、旦那。」
「お供だ? どこへ。」
「お馴染《なじみ》様でございまさあね。」
「馬鹿にするない、見附で外濠《そとぼり》へ乗替えようというのを、ぐっすり寐込《ねこ》んでいて、真直《まっす》ぐに運ばれてよ、閻魔《えんま》だ、と怒鳴られて驚いて飛出したんだ。お供もないもんだ。ここをどこだと思ってる。
 電車が無いから、御意の通り、高い車賃を、恐入って乗ろうというんだ。家数四五軒も転がして、はい、さようならは阿漕《あこぎ》だろう。」
 口を曲げて、看板の灯で苦笑して、
「まず、……極《き》めつけたものよ。当人こう見えて、その実方角が分りません。一体、右側
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