と、山の手は静かだっけ。中やすみの風が変って、火先が井戸端から舐《な》めはじめた、てっきり放火《つけび》の正体だ。見逃してやったが最後、直ぐに番町は黒焦《くろこげ》さね。私が一番|生捕《いけど》って、御覧じろ、火事の卵を硝子《ビイドロ》の中へ泳がせて、追付《おッつ》け金魚の看板をお目に懸ける。……」
「まったく、懸念無量じゃよ。」と、当御堂の住職も、枠眼鏡《わくめがね》を揺《ゆす》ぶらるる。
 講親《こうおや》が、
「欣八、抜かるな。」
「合点だ。」

       四

「ああ、旨《うま》いな。」
 煙草《たばこ》の煙を、すぱすぱと吹く。溝石の上に腰を落して、打坐《ぶっすわ》りそうに蹲《しゃが》みながら、銜《くわ》えた煙管《きせる》の吸口が、カチカチと歯に当って、歪《ゆが》みなりの帽子がふらふらとなる。……
 夜は更けたが、寒さに震えるのではない、骨まで、ぐなぐなに酔っているので、ともすると倒《のめ》りそうになるのを、路傍《みちばた》の電信柱の根に縋《すが》って、片手|喫《ふか》しに立続ける。
「旦那、大分いけますねえ。」
 膝掛《ひざかけ》を引抱《ひんだ》いて、せめてそれにでも暖《
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