た。ぶるぶると腕に力の漲《みなぎ》った逞《たくま》しいのが、
「よし、石も婉軟《やんわり》だろう。きれいなご新姐を抱くと思え。」
 というままに、頸《くび》の手拭が真額《まっこう》でピンと反《そ》ると、棒をハタと投げ、ずかと諸手を墓にかけた。袖の撓《しな》うを胸へ取った、前抱きにぬっと立ち、腰を張って土手を下りた。この方が掛《かか》り勝手がいいらしい。巌路《いわみち》へ踏みはだかるように足を拡げ、タタと総身に動揺《いぶり》を加《く》れて、大きな蟹が竜宮の女房を胸に抱いて逆落しの滝に乗るように、ずずずずずと下りて行《ゆ》く。
「えらいぞ、権太、怪我をするな。」
 と、髯が小走りに、土手の方から後へ下りる。
「俺だって、出来ねえ事はなかったい、遠慮をした、えい、誰に。」
 と、お米を見返って、ニヤリとして、麦藁が後に続いた。
「頓生菩提《とんしょうぼだい》。……小川へ流すか、燃しますべい。」
 そういって久助が、掻き集めた縄の屑《くず》を、一束ねに握って腰を擡《もた》げた時は、三人はもう木戸を出て見えなかったのである。
「久……爺や、爺やさん、羽織はね。式台へほうり込んで置いて可《い》いん
前へ 次へ
全61ページ中57ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング