ですよ。」
この羽織が、黒塗の華頭窓に掛《かか》っていて、その窓際の机に向って、お米は細《ほっそ》りと坐っていた。冬の日は釣瓶《つるべ》おとしというより、梢《こずえ》の熟柿《じゅくし》を礫《つぶて》に打って、もう暮れて、客殿の広い畳が皆暗い。
こんなにも、清らかなものかと思う、お米の頸《えり》を差覗《さしのぞ》くようにしながら、盆に渋茶は出したが、火を置かぬ火鉢越しにかの机の上の提灯を視《み》た。
(――この、提灯が出ないと、ご迷惑でも話が済まない――)
信仰に頒布する、当山、本尊のお札を捧げた三宝を傍《かたわら》に、硯箱《すずりばこ》を控えて、硯の朱の方に筆を染めつつ、お米は提灯に瞳を凝らして、眉を描くように染めている。
「――きっと思いついた、初路さんの糸塚に手向けて帰ろう。赤蜻蛉――尾を銜《くわ》えたのを是非頼む。塗師屋さんの内儀でも、女学校の出じゃないか。絵というと面倒だから図画で行くのさ。紅《べに》を引いて、二つならべれば、羽子の羽でもいい。胡蘿蔔《にんじん》を繊に松葉をさしても、形は似ます。指で挟んだ唐辛子でも構わない。――」
と、たそがれの立籠めて一際漆のような板
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