ちこち》の森に隠顕しても、十町三方、城下を往来の人々が目を欹《そばだつ》れば皆見える、見たその容子《ようす》は、中空の手摺《てすり》にかけた色小袖に外套の熊蝉が留ったにそのままだろう。
 蝉はひとりでジジと笑って、緋葉《もみじ》の影へ飜然《ひらり》と飛移った。
 いや、飜然となんぞ、そんな器用に行《ゆ》くものか。
「ありがとう……提灯の柄のお力添に、片手を縋って、一方に洋杖《ステッキ》だ。こいつがまた素人が拾った櫂《かい》のようで、うまく調子が取れないで、だらしなく袖へ掻込《かいこ》んだ処は情《なさけ》ない、まるで両杖《りょうづえ》の形だな。」
「いやですよ。」
「意気地はない、が、止むを得ない。お言葉に従って一休みして行こうか。ちょうどお誂《あつら》え、苔滑《こけなめらか》……というと冷いが、日当りで暖い所がある。さてと、ご苦労を掛けた提灯を、これへ置くか。樹下石上というと豪勢だが、こうした処は、地蔵盆に筵《むしろ》を敷いて鉦《かね》をカンカンと敲《たた》く、はっち坊主そのままだね。」
「そんなに、せっかちに腰を掛けてさ、泥がつきますよ。」
「構わない。破《や》れ麻だよ。たかが墨染に
前へ 次へ
全61ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング