た、檀越《だんおつ》夫人の嫡女《ちゃくじょ》がここに居るのである。
 栗柿を剥《む》く、庖丁、小刀、そんなものを借りるのに手間ひまはかからない。
 大剪刀《おおばさみ》が、あたかも蝙蝠《こうもり》の骨のように飛んでいた。
 取って構えて、ちと勝手は悪い。が、縄目は見る目に忍びないから、衣《きぬ》を掛けたこのまま、留南奇《とめき》を燻《た》く、絵で見た伏籠《ふせご》を念じながら、もろ手を、ずかと袖裏へ。驚破《すわ》、ほんのりと、暖い。芬《ぶん》と薫った、石の肌の軟《やわら》かさ。
 思わず、
「あ。」
 と声を立てたのであった。

「――おばけの蜻蛉、おじさん。」
「――何そんなものの居よう筈はない。」
 胸傍《むなわき》の小さな痣《あざ》、この青い蘚《こけ》、そのお米の乳のあたりへ鋏《はさみ》が響きそうだったからである。辻町は一礼し、墓に向って、屹《きっ》といった。
「お嬢さん、私の仕業が悪かったら、手を、怪我をおさせなさい。」
 鋏は爽《さわやか》な音を立てた、ちちろも声せず、松風を切ったのである。
「やあ、塗師屋《ぬしや》様、――ご新姐《しんぞ》。」
 木戸から、寺男の皺面《しわづ
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