−91−26]の碑だったのである。
「茣蓙《ござ》にも、蓆《むしろ》にも包まないで、まるで裸にして。」
 と気色《けしき》ばみつつ、且つ恥じたように耳朶《みみたぶ》を紅くした。
 いうまじき事かも知れぬが、辻町の目にも咄嵯《とっさ》に印したのは同じである。台石から取って覆《か》えした、持扱いの荒くれた爪摺《つまず》れであろう、青々と苔の蒸したのが、ところどころ※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》られて、日の隈《くま》幽《かすか》に、石肌の浮いた影を膨らませ、影をまた凹ませて、残酷に搦《から》めた、さながら白身の窶《やつ》れた女を、反接|緊縛《きんばく》したに異ならぬ。
 推察に難《かた》くない。いずれかの都合で、新しい糸塚のために、ここの位置を動かして持運ぼうとしたらしい。
 が、心ない仕業をどうする。――お米の羽織に、そうして、墓の姿を隠して好《よ》かった。花やかともいえよう、ものに激した挙動《ふるまい》の、このしっとりした女房の人柄に似ない捷《すばや》い仕種《しぐさ》の思掛けなさを、辻町は怪しまず、さもありそうな事と思ったのは、お京の娘だからであった。こんな場に出
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