で幽霊をいう奴があるものか。それも蜻蛉の幽霊。」
「蛇や、蝮でさえなければ、蜥蜴《とかげ》が化けたって、そんなに可恐《こわ》いもんですか。」
「居るかい。」
「時々。」
「居るだろうな。」
「でも、この時節。」
「よし、私だって驚かない。しかし、何だろう、ああ、そうか。おはぐろとんぼ、黒とんぼ。また、何とかいったっけ。漆のような真黒《まっくろ》な羽のひらひらする、繊《ほそ》く青い、たしか河原蜻蛉とも云ったと思うが、あの事じゃないかね。」
「黒いのは精霊蜻蛉ともいいますわ。幽霊だなんのって、あの爺《じじ》い。」
 その時であった。
「ああ。」
 と、お米が声を立てると、
「酷《ひど》いこと、墓を。」
 といった。声とともに、着た羽織をすっと脱いだ、が、紐をどう解いたか、袖をどう、手の菊へ通したか、それは知らない。花野を颯《さっ》と靡《なび》かした、一筋の風が藤色に通るように、早く、その墓を包んだ。
 向う傾けに草へ倒して、ぐるぐる巻というよりは、がんじ搦《がら》みに、ひしと荒縄の汚いのを、無残にも。
「初路さんを、――初路さんを。」
 これが女※[#くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1
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