。」
「何、そんなものの居よう筈《はず》はない。」
とさも落着いたらしく、声を沈めた。その癖、たった今、思わず、「あ!」といったのは誰だろう。
いま辻町は、蒼然《そうぜん》として苔蒸《こけむ》した一基の石碑を片手で抱いて――いや、抱くなどというのは憚《はば》かろう――霜より冷くっても、千五百石の女※[#くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1−91−26]《じょうろう》の、石の躯《むくろ》ともいうべきものに手を添えているのである。ただし、その上に、沈んだ藤色のお米の羽織が袖をすんなりと墓のなりにかかった、が、織だか、地紋だか、影絵のように細い柳の葉に、菊らしいのを薄色に染出したのが、白い山土に敷乱れた、枯草の中に咲残った、一叢《ひとむら》の嫁菜の花と、入交《いりま》ぜに、空を蔽うた雑樹を洩《も》れる日光に、幻の影を籠《こ》めた、墓はさながら、梢《こずえ》を落ちた、うらがなしい綺麗な錦紗《きんしゃ》の燈籠の、うつむき伏した風情がある。
ここは、切立《きったて》というほどではないが、巌組《いわぐ》みの径《みち》が嶮《けわ》しく、砕いた薬研《やげん》の底を上《あが》る、涸《か》れた滝の
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