にいいましたとさ。
――あれあれ見たか、あれ見たか――、銀の羽がそのまま手足で、二つ蜻蛉が何とかですもの。」
「一体また二つの蜻蛉がなぜ変だろう。見聞《みきき》が狭い、知らないんだよ。土地の人は――そういう私だって、近頃まで、つい気がつかずに居たんだがね。
手紙のついでで知っておいでだろうが、私の住んでいる処と、京橋の築地までは、そうだね、ここから、ずっと見て、向うの海まではあるだろう。今度、当地《こちら》へ来がけに、歯が疼《いた》んで、馴染《なじみ》の歯科医《はいしゃ》へ行ったとお思い。その築地は、というと、用たしで、歯科医は大廻りに赤坂なんだよ。途中、四谷新宿へ突抜けの麹町《こうじまち》の大通りから三宅坂《みやけざか》、日比谷、……銀座へ出る……歌舞伎座の前を真直《まっすぐ》に、目的《めあて》の明石町《あかしちょう》までと饒舌《しゃべ》ってもいい加減の間、町|充満《いっぱい》、屋根一面、上下《うえした》、左右、縦も横も、微紅《うすあか》い光る雨に、花吹雪を浮かせたように、羽が透き、身が染って、数限りもない赤蜻蛉の、大流れを漲《みなぎ》らして飛ぶのが、行違ったり、卍《まんじ》に舞
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