乱れたりするんじゃあない、上へ斜《ななめ》、下へ斜、右へ斜、左へ斜といった形で、おなじ方向を真北へさして、見当は浅草、千住《せんじゅ》、それから先はどこまでだか、ほとんど想像にも及びません。――明石町は昼の不知火《しらぬい》、隅田川の水の影が映ったよ。
で、急いで明石町から引返《ひっかえ》して、赤坂の方へ向うと、また、おなじように飛んでいる。群れて行《ゆ》く。歯科医《はいしゃ》で、椅子に掛けた。窓の外を、この時は、幾分か、その数はまばらに見えたが、それでも、千や二千じゃない、二階の窓をすれすれの処に向う家の廂《ひさし》見当、ちょうど電信、電話線の高さを飛ぶ。それより、高くもない。ずっと低くもない。どれも、おなじくらいな空を通るんだがね、計り知られないその大群は、層を厚く、密度を濃《こまや》かにしたのじゃなくって、薄く透通る。その一つ一つの薄い羽のようにさ。
何の事はない、見た処、東京の低い空を、淡紅《とき》一面の紗《しゃ》を張って、銀の霞に包んだようだ。聳立《そびえた》った、洋館、高い林、森なぞは、さながら、夕日の紅《べに》を巻いた白浪の上の巌《いわ》の島と云った態《かたち》だ。
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