辻町は、うっかりいった。
「だって、平民だって、人の前で。」
「いいえ。」
「ええ、どうせ私は平民の子ですから。」
辻町は、その乳のわきの、青い若菜を、ふと思って、覚えず肩を縮めたのである。
「あやまった。いや、しかし、千五百石の女※[#くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1−91−26]、昔ものがたり以上に、あわれにはかない。そうして清らかだ。」
「中将姫のようでしたって、白羽二重の上へ辷《すべ》ると、あの方、白い指が消えました。露が光るように、針の尖《さき》を伝って、薄い胸から紅い糸が揺れて染まって、また縢《かが》って、銀の糸がきらきらと、何枚か、幾つの蜻蛉が、すいすいと浮いて写る。――(私が傍《そば》に見ていました)って、鼻ひしゃげのその頃の工女が、茄子《なす》の古漬のような口を開けて、老《い》い年で話すんです。その女だって、その臭い口で声を張って唱ったんだと思うと、聞いていて、口惜《くや》しい、睨《にら》んでやりたいようですわ。――でも自害をなさいました、後一年ばかり、一時《ひところ》はこの土地で湯屋でも道端でも唄って、お気の弱いのをたっとむまでも、初路さんの刺繍を恥かしい事
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