灯が贅沢《ぜいたく》なら、真昼間《まっぴるま》ぶらで提げたのは、何だろう、余程《よっぽど》半間さ。
 というのがね、先刻《さっき》お前さんは、連《つれ》にはぐれた観光団が、鼻の下を伸ばして、うっかり見物している間抜けに附合う気で、黙ってついていてくれたけれど、来がけに坂下の小路|中《なか》で、あの提灯屋の前へ、私がぼんやり突立《つった》ったろう。
 場所も方角も、まるで違うけれども、むかし小学校の時分、学校近所の……あすこは大川|近《ぢか》の窪地《くぼち》だが、寺があって、その門前に、店の暗い提灯屋があった。髯《ひげ》のある親仁《おやじ》が、紺の筒袖を、斑々《むらむら》の胡粉《ごふん》だらけ。腰衣のような幅広の前掛《まえかけ》したのが、泥絵具だらけ、青や、紅《あか》や、そのまま転がったら、楽書《らくがき》の獅子《しし》になりそうで、牡丹《ぼたん》をこってりと刷毛《はけ》で彩《えど》る。緋《ひ》も桃色に颯《さっ》と流して、ぼかす手際が鮮彩《あざやか》です。それから鯉の滝登り。八橋一面の杜若《かきつばた》は、風呂屋へ進上の祝だろう。そんな比羅絵《びらえ》を、のしかかって描いているのが、嬉し
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