くて、面白くって、絵具を解き溜《た》めた大摺鉢《おおすりばち》へ、鞠子《まりこ》の宿《しゅく》じゃないけれど、薯蕷汁《とろろ》となって溶込むように……学校の帰途《かえり》にはその軒下へ、いつまでも立って見ていた事を思出した。時雨も霙《みぞれ》も知っている。夏は学校が休《やすみ》です。桜の春、また雪の時なんぞは、その緋牡丹の燃えた事、冴えた事、葉にも苔《こけ》にも、パッパッと惜気《おしげ》なく金銀の箔《はく》を使うのが、御殿の廊下へ日の射《さ》したように輝いた。そうした時は、家《うち》へ帰る途中の、大川の橋に、綺麗な牡丹が咲いたっけ。
 先刻《さっき》のあの提灯屋は、絵比羅も何にも描いてはいない。番傘の白いのを日向《ひなた》へ並べていたんだが、つい、その昔を思出して、あんまり店を覗《のぞ》いたので、ただじゃ出て来にくくなったもんだから、観光団お買上げさ。
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――ご紋は――
――牡丹――
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 何、描かせては手間がとれる……第一実用むきの気といっては、いささかもなかったからね。これは、傘《からかさ》でもよかったよ。パッと拡げて、菊を持ったお米さん
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