――花あかりに、消えて行った可哀相な人の墓はいかにも、この燈籠寺にあるんだよ。
 若気のいたり。……」
 辻町は、額をおさえて、提灯に俯向《うつむ》いて、
「何と思ったか、東京へ――出発間際、人目を忍んで……というと悪く色気があります。何、こそこそと、鼠あるきに、行燈形《あんどんなり》の小《ちいさ》な切籠燈《きりこ》の、就中《なかんずく》、安価なのを一枚《ひとつ》細腕で引いて、梯子段《はしごだん》の片暗がりを忍ぶように、この磴《いしだん》を隅の方から上《あが》って来た。胸も、息も、どきどきしながら。
 ゆかただか、羅《うすもの》だか、女郎花《おみなえし》、桔梗《ききょう》、萩、それとも薄《すすき》か、淡彩色《うすざいしき》の燈籠より、美しく寂しかろう、白露に雫《しずく》をしそうな、その女《ひと》の姿に供える気です。
 中段さ、ちょうど今居る。
 しかるに、どうだい。お米坊は洒落《しゃれ》にも私を、薄情だというけれど、人間の薄情より三十年の月日は情がない。この提灯でいうのじゃないが、燈台下暗しで、とぼんとして気がつかなかった。申訳より、面目《めんぼく》がないくらいだ。
 ――すまして饒舌
前へ 次へ
全61ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング