格子を入った。おぶさったお前さんが、それ、今のべっかっこで、妙な顔……」
「ええ、ほほほ。」
とお米は軽く咲容《えまい》して、片袖を胸へあてる。
「お京さん、いきなり内の祖母《ばあ》さんの背中を一つトンと敲《たた》いたと思うと、鉄鍋《てつなべ》の蓋《ふた》を取って覗《のぞ》いたっけ、勢《いきおい》のよくない湯気が上る。」
お米は軽く鬢《びん》を撫《な》でた。
「ちょろちょろと燃えてる、竈《かまど》の薪木《たきぎ》、その火だがね、何だか身を投げた女《ひと》をあぶって暖めているような気がして、消えぎえにそこへ、袖褄《そでづま》を縺《もつ》れて倒れた、ぐっしょり濡れた髪と、真白な顔が見えて、まるでそれがね、向う門《かど》に立っている後妻《うわなり》に、はかない恋をせかれて、五年前に、おなじ淵に身を投げた、優しい姉さんのようにも思われた。余程どうかしていたんだね。
半壊れの車井戸が、すぐ傍《そば》で、底の方に、ばたん、と寂しい雫《しずく》の音。
ざらざらと水が響くと、
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――身投げだ――
――別嬪《べっぴん》だ――
――身投げだ――
[#ここで字下げ終わり]
と
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