ろで、その嬰児《あかんぼ》が、今お見受け申すお姿となったから、もうかれこれ三十年。……だもの、記憶《おぼえ》も何も朧々《おぼろおぼろ》とした中に、その悲しいうつくしい人の姿に薄明りがさして見える。遠くなったり、近くなったり、途中で消えたり、目先へ出たり――こっちも、とぼとぼと死場所を探していたんだから、どうも人目が邪魔になる。さきでも目障りになったろう。やがて夜中の三時過ぎ、天守下の坂は長いからね、坂の途中で見失ったが、見失った時の後姿を一番はっきりと覚えている。だから、その人が淵で死んだとすると、一旦《いったん》町へ下りて、もう一度、坂を引返《ひっかえ》した事になるんだね。
 ただし、そういった処で、あくる朝、町内の箔屋へ引取った身投げの娘が、果して昨夜《ゆうべ》私が見た人と同じだかどうだか、実の処は分りません……それは今でも分りはしない。堀端では、前後一度だって、横顔の鼻筋だって、見えないばかりか、解りもしない。が、朝、お京さんに聞いたばかりで、すぐ、ああ、それだと思ったのも、おなじ死ぬ気の、気で感じたのであろうと思う……
 と、お京さんが、むこうの後妻《うわなり》の目をそらして、
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