「またまったく夢がさめたようだ。――その時、夜あけ頃まで、堀の上をうろついて、いつ家《うち》へ帰ったか、草へもぐったのか、蒲団《ふとん》を引被《ひきかぶ》ったのか分らない。打《ぶ》ち※[#「足へん+倍のつくり」、第3水準1−92−37]《の》めされたようになって寝た耳へ、
――兄さん……兄さん――
と、聞こえたのは、……お京さん。」
「返事をしましょうか。」
「願おうかね。」
「はい、おほほ。」
「申すまでもない、威勢のいい若い声だ。そうだろう、お互に二十《はたち》の歳です。――死んだ人は、たしか一つ上だったように後で聞いて覚えている。前の晩は、雨気《あまけ》を含んで、花あかりも朦朧《もうろう》と、霞に綿を敷いたようだった。格子|戸外《そと》のその元気のいい声に、むっくり起きると、おっと来たりで、目は窪《くぼ》んでいる……額《おでこ》をさきへ、門口《かどぐち》へ突出すと、顔色の青さを※[#「火+共」、第3水準1−87−42]《あぶ》られそうな、からりとした春|爛《たけなわ》な朝景色さ。お京さんは、結いたての銀杏返《いちょうがえし》で、半襟の浅黄の冴えも、黒繻子《くろじゅす》の帯の
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