ら》下《お》りに、町へ続く長い坂を、胸を柔《やわらか》に袖を合せ、肩を細《ほっそ》りと裙《すそ》を浮かせて、宙に漾《ただよ》うばかり。さし俯向《うつむ》いた頸《えり》のほんのり白い後姿で、捌《さば》く褄《つま》も揺《ゆら》ぐと見えない、もの静かな品の好《よ》さで、夜はただ黒し、花明り、土の筏《いかだ》に流るるように、満開の桜の咲蔽《さきおお》うその長坂を下りる姿が目に映った。
――指を包め、袖を引け、お米坊。頸の白さ、肩のしなやかさ、余りその姿に似てならない。――
今、目《ま》のあたり、坂を行《ゆ》く女《ひと》は、あれは、二十《はたち》ばかりにして、その夜、(烏をいう)千羽ヶ淵《ふち》で自殺してしまったのである。身を投げたのは潔い。
卑怯《ひきょう》な、未練な、おなじ処をとぼついた男の影は、のめのめと活きて、ここに仙晶寺の磴《いしだん》の中途に、腰を掛けているのであった。
二
「ああ、まるで魔法にかかったようだ。」
頬にあてて打傾いた掌《て》を、辻町は冷く感じた。時に短く吸込んだ煙草《たばこ》の火が、チリリと耳を掠《かす》めて、爪先《つまさき》の小石へ落ちた。
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